影が濃い

大学生として過ごす時間というのは、いかに無駄なこと、大人になってからは出来ないようなことをするためにある。

僕の学部は124単位とれば卒業できる。ざっくり週5で1日3〜4コマも取っておけば問題ないくらいのものだ。集中講義や卒論諸々入れればいくらかコマ数を減らすことも出来る。そんな僕の3回生修了時の単位数は42。1年じゃないぞ。3年間だ。何してたんだろうな。その「何」について振り返りながら書いてみようと思う。

『全ミ』

高校で軽音部に所属してバンドをやっていた僕は、大学でもバンドをやるかと軽音学部に狙いを定めていた。語学の講義で知り合った同じ軽音志望の男(AM)に全ミってのがあるらしいで!と聞き、その全ミ、全体ミーティングとやらに顔を出してみることにした。

一回生は自分を含めても10人弱。100人所帯の部活と聞いていたから、例年よりよほど少ない人数だったらしく、教室のドアの向こうから(少ねえな・・・)と聞こえてくる。用紙を渡され、名前やら希望パートを書いていると、テンガロンハットを逆さに裏返し、肩から花の輪っかをぶら下げ、アコギを持った細身の男(春菊さん)が現れた。この人が部長かと、戦々恐々とした。続いて長髪のヒゲをたくわえた顔の濃いイケメン(シュートさん)が現れ、ハットの人に向かって帰れと恫喝した。この人が部長かと、また戦々恐々とした。

部長からチームギアってのに登録してほしいと説明があった。当時はスマホがまだなく、ガラケー全盛の時代。メールでのやり取りが主流だった。懐かしい。ここから一括で連絡をするとのことだった。これが終わり、2回生以上の先輩方がザーッと教室になだれ込んできた。大声で叫びながら。戦争でも起こりそうな雰囲気の中、自分たち1回生は教室の前に並べられ、自己紹介の後、各自あだ名をつけられることになった。人によっては黒歴史になりかねないヤバめのあだ名を付けられることもあるようだが、自分は高校から呼ばれていた「ゆきち」で決まった。本当に良かった。余談だが、僕のあだ名は本当は「ランチ」になる予定だった。でも今は夜だから、とよくわからない理由でなくなった。本当によくわからん。

この部活マジで大丈夫かなと思っているうちに全ミが終わり、みんなでガストに行こうとなった。パーマを当てた先輩(らっさん)からチーズインハンバーグのクーポンをもらった。ラッキーと思っていたところに、ドレッドに眼鏡をかけた怖そうな人(ゲバルさん)が「オイ、ちゃんとソレお礼言うたんか?」と言われた。「え、あ…はい」とモゴモゴしていたら、舌打ちっぽくチッと言って去っていった。え?なにこれ、怖すぎひん?怖そうなっていうかストレートに怖かった。やっぱりこの部活大丈夫かなと、僕はまた思っていた。

『酒』

どこの大学の部活・サークルでも、「酒を飲む」というのは大いに共通する行いである。ある日、ラジオを放送するからと、新入生の僕を含めた3人が声をかけられた。先輩の家で鍋を囲みながら、仲良くネットラジオを生放送しようじゃないかということだ。面白そうだと思ったこの日、初めて酒という魔物に取り憑かれた人間の狂気を目の当たりにしたのだった。ラジオでは怒号の下ネタの嵐。酒が足りねえとコンビニに向かう途中、道端の植え込みにダイブする人。自販機の中に入ろうとする人。カラーコーンをかぶってガードレールに頭突きする人。マジで頭おかしいこいつらと思っていた。しかし、自分はそれを見ながら馬鹿みたいに笑い転げていたのだ。おかしいはずなのに、気を違えたとしか思えないのに、それを面白いと笑う自分がいたのだ。

「あ、もう逃げらんねえな、俺」

改めて、ここで思い知らされたのだった。

『打ち上げ』

先程の「酒を飲む」に通じるハナシになるのだが、数ある飲み会の中でも、とにかく狂気のボルテージが軒並み高いのが「打ち上げ」だ。軽音学部の本分である演奏。ライブ。大きなもので「学祭」、「定演」、「追いコン」がある。高まったあまりに泣き出す人も続出する。また、学祭の打ち上げは特に荒れる。学祭には軽音学部の全バンドが出演するのだが、この中で8組の「定演出場枠」を競い合う。その投票結果が打ち上げで発表されるのだ。歓喜。焦燥。憤怒。悲哀。後悔。あらゆる感情がごっちゃに渦を巻く水槽に、アルコールという狂気を混ぜる。まぜるな危険。ちらっと周りを見ると必ず誰かしらか泣いている。お店の店員も困惑気味。ってか引いてる。しかしそんなことは気にしてられない。これが自分たちのすべてなのだ。全身全霊全力で打ち込んでいることなのだ。もっとサービスようせんかいワレェってなことしか考えられない。人の目なんて微塵にも気にしていなかった。

『合宿』

夏と冬に合わせて2回。合宿が行われていた。この行事は至ってストイックなもので、期間中は酒は禁止。持ち込むのも固く禁じられ、見つかった時にはわりとガチで幹部に怒られる。上手い先輩に教えを請うたり、ボイトレや作詞・MCの講座みたいな小イベントもあった。あとはひたすら練習。バンドでも個人でも。4泊5日かけてマジにやり込むので、自分はこれのおかげで上手くなった気がしている。酒飲みに部活に出入りしている人には、いささか居心地の悪い行事だったかもしれない。たばこを酸素かのように取り込みながら、ひたすらギターを弾きまくる。もうあんなことないだろうな。またやりたいかも。

しかし禁酒が続く分、ここでの打ち上げは多少なり狂気を増す。梅酒や安ウイスキーのボトルを真ん中に円になり、いっせーのーせ!と親指を立てるあのゲームをしている人たちが突発的に現れる。勝ったところでプラス要素などなにもない。死ぬために行われる自殺祈願、闇のゲームだ。ここまで散々酒を狂気だとたとえてきたが、私、滅茶苦茶に酒に弱い。すぐ顔が真っ赤になる。よく心配されるほどに。しかしここではそんなことなど関係ない。飲めば強なると信じて疑わなかった。もし強かったら、色んな女の子を飲ませて酔わせてあららだいじょーぶ?と、うらやましいこともいっぱい出来たんだろうなと、ふと考えることもある。トイレに吐きに行くフリをして、逃げ出しては連れて行かれの繰り返しだった。ああ地獄。

なんか色々思い出してきたので、次のネタもこれにしよう。おやすみ。