OBライブを終えて

日記のネタもなく、ライブ終えての感想などタラタラと書いてみましょう。

自分のライブに対して思ったのは、首が固い。高く跳べない。頭では「うおお」と動かしているつもりなのに、身体が暴れ方を忘れてしまったようだ。初心は忘れずのパッチではあったが。うひえー死ぬ。死ね。三半規管がバカになっている。

久しぶりに人様から褒めていただいた。普段の行いですかね。舞い上がってしまって「でゅふふふぅ」とエアー音漏らしまくる故障したコンプレッサーと化し、お礼を言いそびれてしまったような気がしている。2回生の頃くらいまではたびたび先輩から褒めてもらえることもあったが、上回生になるにつれてそんな機会は少なくなっていった。そして就職などしてしまえばそこは「できて当たり前」の世界。褒めて欲しい。1日の半分を勤労に費やし日々を営む俺を褒めて欲しい。やって当たり前とか言うな。そんなんだから離職率どうこうで求人サイトからの風当たりが強くなるんじゃ。褒めろ。褒めておだてりゃ調子に乗る。良い意味でだぞ。ゴリゴリにしごいて調子悪くすっからぞろぞろ辞めてくんだろうよ。

話が逸れた。まあみんな楽しそうだったし、総じて良いイベントだったのではないでしょうか。とは思うけれども、家に帰ってシャワー浴びて、さて行為にでも勤しむかとパンツのヒモに手をかけた頃、どうにも心がモヤついていることに気付いたわけでですね。これでええのか、と。ええ、良くなかったんですよ。

後輩が普段やってる、まあかつて自分もやっていた教室でライブさせてもろうたんですがね、ただただ自己満足とノスタルジーに浸っているうちに終わってしまった気がしてならないんです。「こんなライブにはしたくないなあ」と思っていたそのカタチにおさまってしまった気がしてならないんですよ。結局俺はあのイベントを通して何がしたかったんだ?残ったのは筋肉痛と耳鳴りと、後悔にも似た謎のモヤついた感情ひとつである。こんなのわざわざ母校の教室借りて現役生巻き込んでやるもんじゃない。もっと何かやれることがあった気がしてならないのだ。

意味がなかったとは言えるはずがない。少なくともあの教室でまたライブをできたことは、他のどんなハコでやるよりも意味があった。実際そう言ってくれる人もままいた。ありがたいことだ。しかし、一緒にやってくれた後輩たちのこれからに対して何かしらの方角を示すことが出来たのだろうかと考えると、うぐぐ、と歯がゆくなってしまう。求めすぎだろうか。でも何かあった、これ以上の意味・意義を生む感動を示すことがもっと出来た気がしている。悔しい。

幸いなことに、教室がなくなるのは来年度末のことで、もう一回くらい出来るんちゃうかとチラッとお誘いをいただいた。リベンジのチャンスはある。しかし俺1人の自己満足で終わらせてしまう気は毛頭ない。1人でも多くの、このライブに関わった人間に1ミリでも多くの感動を。もっと、もっとだ。楽しくやろうぜ。俺の願いはそこひとつだけなのだ。待ってろ、G500。