ありがち

男女混合の旅行先にて、王様ゲームで何番と何番がキス!なんてシーンはラブコメで掃いて捨てるほど見た。今も漫画アプリの余ったポイントで名も知らぬそれを読んでいたが、18話ほどでそのシーンは訪れた。女っぽい男と女がキスをして「初めてだった」旨の会話をする。そんなありふれたシーンで、遠い昔の記憶を思い返した。

僕の通っていた学園には修学旅行がなく、代わりに研修という名目で、3年の終わりに地方へのスキー研修という行事があった。監獄のような寮生活を送る生徒達にとっては、敷地の外に出る機会があるだけで心踊る、まあみんな楽しみにしていた行事だった。

事が起こったのは3泊4日の3日目。教師の最終見回りが終わった0時ごろ、隣の部屋の生徒がこっちの部屋で寝かせてほしいと訪ねてきた。不良グループに属するルームメイトが、ここで宴を開くから出て行けとのことだった。幸い布団は余っていたので了承したが、それから30分もした頃、隣が男女の声で騒がしくなってきた。なんかちょっといいな羨ましいなと思いつつも寝ようとしたが、会話の内容がわかるくらいに声が漏れていたので、なんとなく聞き入ってしまった。その内容に、同じように聞いていたであろうルームメイトと、僕は顔を見合わせた。

王様ゲーム…やんな」

セブンスヘブンを蹂躙したルシフェルの一味が、壁一枚隔てて魔の宴を催していたのだ。序盤はささやかな命令だったが、そのうちに、王によるキスの命令がひとしきり続いた。同性も異性も含めて全員が全員に唇を重ねたであろう頃、王の命令は更にエスカレートしていった。この時点で既に僕の部屋の住人は全員起きて、壁に耳をへばりつかせていた。胸を触れ、乳首を舐めろ、アレをしごけ、女性と付き合うことはおろか、女体に触れたことのない我が部屋の住人たちには、それだけで身体を前に屈ませてしまうほどの刺激だった。そしてーーー

ガチャ

部屋のドアが開いた。魔の者の手先が部屋に顔をのぞかせ、アルコールの匂いを撒き散らしつつ、言った。

「おい、ちょっと来いよ」

僕たちは悪魔に誘われ、開いたままの隣の部屋に連行された。覗き込んだそこは、天国を蹂躙し終えた悪魔による宴、地獄と化していた。散らかった酒の缶ビンを縫うように、顔を赤く上気させた茶髪金髪の魔の者たちが佇んでいた。その中に容姿の悪い、ヒヒヒと笑う豚のような女生徒がいた。その彼女と、イケメンの茶髪男がキスをする、というのだ。1分間。お前らはそれを見てろ、と言う。男は王にふざけんなと掴みかかりつつ、女生徒に罵詈雑言を浴びせていた。女生徒は動揺からか周りをチラチラと見つつも、ラッキーじゃんと周りに促され、満更でもなさそうな面持ちに見えた。

僕たちは声を発することもできぬまま、完全に開かれたドアからその模様を眺めていた。唇が重なると、おおっと歓声があがった。舌!舌!のコールに、男は眉間にしわを寄せつつも舌を潜り込ませた。そして1分間。とてつもなく長く感じた60秒だった。よし、お前らは帰れ、と魔の手先が言う。誰からともなく、僕たちは自分の部屋に歩き出した。

何にも形容しがたい、ヤバいものを見てしまった。罪悪感、嫌悪感が込み上げる。しかし、そこにまとわりつく官能的な、エロの感情を僕たちは否定できなかった。その証拠に、全員の歩く姿は前屈みになっていた。部屋に帰ってドアを閉めた僕たちは、口々に感想を言い合った。ヤバイ、あれ大丈夫なん、なわけないやろ、バレたら退学モノ、つか退学なったらええねん、、、

そしてルームメイトの1人が、備え付きの内線を手に取った。この内線は誰がかけてきたなどわからない。彼は受話器を手に取り、2桁の番号を押した。

その瞬間、今の今までも喧しかった隣の声が止んだ。代わって、かすかにコールの音が聞こえる。そこからわらわらと、戸惑いを含んだ声がかすかに聞こえてきた。

ルームメイトが受話器を置くと、僕たちはプクククと声を殺して笑い出した。これはちょっと、面白いかもしれない。逆襲。これは卑しくも、普段から威張り散らす不良グループへのささやかな逆襲だ。しかし、その僕らの企みを遮るように、「誰や!」の声が隣から聞こえてきた。ヤバイ。その瞬間全員が布団に潜り込み、寝たふりで様子を伺った。耳をすませばその状態でも隣の声は聞こえる。どうやら、コールをかけた魔女狩りを行う派と、気にせず宴を続ける派で分かれているようだ。このままだとこっちの身も危ないかもしれない。そう判断したルームメイトは、さっと布団から出て内線を取り、別の二桁の数字を押したーーーー

 

最終日、帰りのバス車内は、ところどころの席が空いていた。教師の話では、体調を崩してしまった生徒を先に学園へ帰らせたのだそうだ。しかしその生徒たちは、僕たちが学園に着いてもそこに待ってなどいなかった。どうやら親元に帰されたらしい。そのまま卒業式を迎えたが、彼ら彼女らの姿を、ついに見ることはなかった。そして、来年以降のスキー研修は執り行われなくなり、2つ下で、同じ学園に通っていた弟から僕は顰蹙を買われることとなったのだった。